▪️好きの反動で、なぜ痛めつけるの
いつも一緒にいたいからこそ、喧嘩をふっかける心理は、普通の人には謎ですが、実際には少なくないのは、頭のなかが大好きな人でいっぱいなのと逆に自分に自信がないのが交錯しているからです。
「自分に自信がない」とは、「自分の本性が知られると嫌われる」という思いです。本性は人それぞれですが、もっとも特長的なのは「恋愛依存症」です。恋愛依存症とは、愛されたい、気にしてほしい、というのが先立って相手を思う気持ちが稀薄なのが特長です。
反動形成は依存の証というのは、いまひとつわかりにくい仕組みですが、その仕組みを解き明かしましょう。
いつも一緒にいたいのは依存の証ですが、喧嘩をふっかけるは反動形成です。素直になれないのは、反動形成でいわゆる「ツン」がそうなのですが、ツンだけでは愛されている実感が弱いので、さらに相手を怒らせるようなことをします。
それによってお互いが相手と向き合う状態になれます。このようにして向き合うことは決して心地の良いものではなく、強いストレスになります。このストレスのせいで頭がいっぱいになるので愛情だと感じてしまうのです。なにもないよりは怒ってもらえる方がマシだと思えるのです。これが依存が現れた状態です。さらに喧嘩の後には『仲直り』があります。この仲直りの瞬間に強い愛を感じると錯覚をおこします。
ネガティブな感情が頭の中でいっぱいになってしまう状態では、ふたりで育むという信頼関係を築くことがなかなかできません。
望んでいることは、もちろん裏切りのない「永遠の愛」ですが、いつか見捨てられるなら早い方がいい!と言わんばかりに、白か黒かという両極端な選択をしてしまうので、完璧な信頼のもとに 「一生ずっと一緒にいてくれる」か「別れる」かを今すぐ結論を出したい衝動に駆られてテスティングを繰り返すのです。
ネガティブな感情が頭の中でいっぱいになってしまう状態では、ふたりで育むという信頼関係を築くことがなかなかできません。
望んでいることは、もちろん裏切りのない「永遠の愛」ですが、いつか見捨てられるなら早い方がいい!と言わんばかりに、白か黒かという両極端な選択をしてしまうので、完璧な信頼のもとに 「一生ずっと一緒にいてくれる」か「別れる」かを今すぐ結論を出したい衝動に駆られてテスティングを繰り返すのです。
このくり返しは当然、ふたりの間に溝を作り、やがて大きな溝に拡張するで、関係性が徐々に悪くなりますが、当人は無意識ですので、気がつきません。溝がだんだん広がっても向かい合っていることが愛されている実感だと受け取ってしまうのです。
▪️ラケットという魔法が大切な関係を破壊する
▪️ラケットという魔法が大切な関係を破壊する
この仕組みの根源は、親に十分愛されなかった体験が影響しています。豊かな愛情とはどんなものなのか分からないのです。代わりに生育期の体験を通してマスターしたのが「ラケット」です。不快な感情が‘主導権を握れば、人間関係がこじれてくることは、いうまでもありません。
ラケットは、「いま、ここ」にふさわしくないときに起こるので、心のギャングといわれるほどですが、その裏には相手を変える企みがあります。幼児はふだんから親を意のままに動かしたいと思っているものですが、なにかのタイミングで癇癪を起こしたところ、期待通りに親が折れて、自分の願いが通ることを体験するとこの子は癇癪に特別な力があると思います。それまで自分を振向きもしなかった親が、あれこれと心配してくれるようになったとします。すると、この子は親の注目を浴びるには、不快な感情が有効だと知るのです。
この方法を成人して恋愛に持ち込むと、相手にいつも注目してもらい、自分のことで頭をいっぱいにしてほしいと不快な感情を使うために喧嘩をふっかけて怒らせるのです。お互いに好き同士ならこんなことしなくていいのですが、自分がコントロールしないで、普通にしていたら注目してもらえないと考えるのです。つまりその裏には自信のなさがあるのです。
コントロールするからいつまでも自信がもてなくなるのです。コントロールしなくてもあなたは愛されるのです。
コントロールするからいつまでも自信がもてなくなるのです。コントロールしなくてもあなたは愛されるのです。
小さいときに普通にしていたら、親が気にとめてくれなかった、注目してくれなかったという思いが、喧嘩をふっかけて自分と向かい合ってくれることを期待するのです。それは「甘え」といえるのですが、ラケットには本人が予想もしない危険が潜んでいるのです。
執拗に繰り返すことで、耐えていた恋人が我慢の限界に達することで拒絶を招き、予想した通り遂には見捨てられて孤独感に浸る、といったストーリーがその典型的な事例です。
こんなことしたら怒るだろうなと理解していても振り向いてもらえない不安から耐久テストをこれでもかというぐらいやってしまい、最後には拒絶されるのです。
この拒絶は、そもそも根拠のない「どうせ私をきらいになるんでしょう」と想像した通りの結果になるので、「やっぱり」と思いますが、これが人生早期にした決断「私は愛されない子、見捨ててくれ」そのものなのです。
▪️愛の正体
▪️愛の正体
しかし本当の愛は、このような思い込み、歪んだ思い、理不尽な人生ストーリーを書き直すものなのです。そのためにはまず、無理でも「自分は愛される価値がある」ことを信じることです。
恋愛、人間関係とは、約束や誓いではなく、日々育んでいくものです。
願望を現実に変えられるのは、コントロールによるものではなく、寄り添い育むからです。
傷ついていることは、相手にわかることです。それが通じているから両思いになるのです。通じていない相手とは、そもそも価値観が違うので両思いになりません。
ネガティブな感情に支配されるのではなく、相手の幸せを考え行動で示していくものなのです。その気持ちが届けば、相手からも同じように返ってきます。それが信じられないのは自分が傷ついているからであり、傷ついた相手なら敏感に感じ取って裏切ったりしないのです。
愛し合うとは寄り添うことです。
恋愛、人間関係とは、約束や誓いではなく、日々育んでいくものです。
願望を現実に変えられるのは、コントロールによるものではなく、寄り添い育むからです。
傷ついていることは、相手にわかることです。それが通じているから両思いになるのです。通じていない相手とは、そもそも価値観が違うので両思いになりません。
ネガティブな感情に支配されるのではなく、相手の幸せを考え行動で示していくものなのです。その気持ちが届けば、相手からも同じように返ってきます。それが信じられないのは自分が傷ついているからであり、傷ついた相手なら敏感に感じ取って裏切ったりしないのです。
愛し合うとは寄り添うことです。
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